2008年10月27日月曜日

生きろ

駄菓子屋に行けば飴が1個1円で買えた。1日5円の小遣いをもらっていた。そのお金を父のお見舞いにといって貯めて、母に内緒で持って行き渡した。

父は胃がんのため全摘手術を九大病院で受けた。九州一の大学という権威にすがることと、甥の七次(しちじ)さんが執刀してくれたからだろう。はるかな道程(みちのり)を熊本駅で乗り換え、博多駅で降りた。母の手に引かれ、見上げるような、見下ろすような階段を一段ずつ、一段ずつおそるおそる昇り降りしたのを覚えている。そして初めて見る大都会の駅の人の多さに目を丸くした自分の幼き姿が想像される。

父はおそらく喜んでくれ母に言ったのだろう。中州川端の玉屋デパートのおもちゃ売り場に母と一緒に行き何かを買ってもらった。母におもちゃを買ってもらった記憶は後にも先にもこの時だけだ。

胃を全て摘出した姿とその後の生活はプロ野球の王さんを見てもらえればわかる。

明け方のログハウスの布団のなかで思いをめぐらしていた。

そうだったのか・・・。往きの新幹線の中で消息を聞いた。

「・・・んなもの誰だってみんな毎日がん細胞はできている、あいつは気弱になっている。めげるのが一番いけない。西洋医学に頼ってはいけない。一生付き合うことだ。検査だ、なんだで自分の身体を他人に委ねるだけでいいのか、ということだ。元来、身体にはチカラがあるんだ。」「呼吸法だ、余情さんもまだ口から吸っている」「鼻から吸うようにする、こうだ、こう」

発動機を止めて電気を消した林の中から夜空を仰ぐ。ここは本州で一番寒いところだという。彼は「ガリレイは今の我々のよりはるかに劣る、発明したばかりの望遠鏡で土星の惑星を見つけた。いかに目がよくて、感性がよかったか」と説く。

瞬(またた)く間とはよくいうものだ、目が慣れてくるうちにようやく2つほどの流れ星を見た。
誰でも病魔に襲われれば気弱になるだろうとも、考えながら。

生きてほしい。

1 件のコメント:

ぶんぶんこ さんのコメント...

そう、ぶんぶんこもそう思う!
怒鳴りにいかなと、生きろ!