2008年10月2日木曜日

南の島へ


 政治家は世襲で総理にでもなれる。この国の有権者は甘い。

 妻の祖父は自転車を駆って行商から身を起こした。山の片田舎から大きな港町の一等地に店を構えた。繁盛したらしい。古い住人ならここの屋号を知らぬ人はいない。キリスト教を信じ篤志家であったらしい。孫たちには聖書からとって名前をつけた。舅殿、義兄は長男で家を継いだ。チェーンストア展開なんぞ発想したりする才覚はなくひたすら暖簾を守ったが、やがて街と一緒に商いは傾いた。現金収入のため義兄は50近くになって求職したが、現業の仕事しかなかった。職にありついたはいいが、すぐにリストラが吹き荒れた。現場の人員が一番に削られ、中途雇いの中高年にモノは言えなかった。肉体労働の負担増はひたすら耐えるしかなく、リストラの対象にだけはなりたくないという一心で頑張ったと、姑さんは言う。休みもとれずローテーションも常に重くのしかかってきたらしい。やはり無理がたたった。病に冒されていた、しかも難病に。

 昨年、義兄の長女の結婚式があって招待された。停留所を降りてしばらくして後ろから声をかける老人がいる。その痩せた老人が義兄であるとすぐには気付かなかった。遠く離れた県都の病院を一時退院して帰ってきたらしいが、同じバスに途中から乗ってきたことすら気付かなかった。

 私は披露宴の終わりの万歳三唱を受け持った。一世一代の音頭取りだったと人のいい妻の親戚一同が言う。これは語り草になりそうだ。

 台所事情のことは慮(おもんばか)れたが、義兄夫婦に思い切って病気回復後に南の島に旅行に行くことを誘ってみた。お舅様夫婦も数年前に連れて行き人生が変わった。東北の港町では想像もつかない世界があった。「実はこの歳になるまで飛行機というものに乗ったことが無い」と言う。両親を送り出すだけで遠方の旅行など滅多にしたことがなかった。一晩考えて「行ってみたい、医者に相談する」という返事が返ってきた。

 あれから1年近くになる。退院はしたがまだ行けないという。ただそれだけを楽しみにしているという。励みにして療養しているという。

2 件のコメント:

ブナガヤ さんのコメント...

いい話ですね。このような情感あふれるエッセイを書かせたら、私が知る限り余情半さんにかなう人はいません。

ゆっきんママ さんのコメント...

おはようございます♪
私も、そう思います。