2011年2月5日土曜日

優勝の夜、宿の夜


 前の日は夜中の2時に寝て5時に起きて出てきた。

 ヒラメの刺身を大皿で。アワビは刺身がよかった。ホタテはやたら肉厚だった。ウニはこれがまたうまかった。好物のポテトサラダかと思ったら海鮮物の和え物だった。こりこりしたアンコウの皮身がいい。鮟胆は絶品だ。・・・。あれっ、今年もアンコウの鍋までたどり着くのかなと思うほどたらふく食べた。
 お酒はこれがいけない。主催者様の差し入れで宮城県の上等の日本酒だ。飲めば酔うのだけれども、当たり前だが、また飲んでしまった。

 枯れた芝生の庭で星も見たし、さあ、寝ましょと布団にもぐり込んだ。暖かい毛布。掛布団は二つもあって眠りやすい。部屋の相棒たちはいびきもかかない。Mさんはとっくに寝ていた。ゆっくり睡眠と思っていた。

 夜中だ。ガラッとふすまを開けてトイレに行く人がいる。ふすまを閉めて行ってくれないから、北茨城の冷たい風が入ってくる。ここで起きてしまってはおしまいだ、我慢をする。帰って来た様子で布団に座っているらしい気配。

 何やらごそごそとした途端に、パッと部屋の明かりを点ける。何だ、何事だ。テレビを点ける。あっという間に音量を上げる。「ナニやってんだい、おきるんだぁ」という類のことを確か叫んだ。アジアカップの決勝戦。これが始まるらしい。そうだった、…ということはまだ12時前だ。夜中ではなかった。寝入りばなではないか。なんだ、なんだ。

 隣に寝ていたYさんは「なんだ、なんだ」と声に出して起き上がる。私はふにゃふにゃと布団を頭まで被る。誰がサッカーの俄かファンになれるものか、こちとら眠たいと。

 ところがだ、「どうも、どうも」と入ってくる人がいる。「奥さん、こちらへ」と招かれ向こう側の炬燵に入ったらしい。なんと、我がつれあい殿ではないか。もはや、これまで。

 そうでなくとも、なかなか点をとれない我がチームにたいして、「何やってんだい、このタコ!」とMさんの声援はすさまじい。昼間でも大声だと思うぐらいだ。酔えば人が変わる。怒りながら笑っている。「タコ!ばか!」「この審判がいけないよな、きっとねオーストからね牛肉一年分もらっているんだよ」とくる。「しかし、川島はいいよね」「あっ、オーストのやつ川島をどついているよな、審判何故言わないんだよ、牛肉二年分もらってやがるな」Mさんは元気いっぱいだ。それにしても我がチームに向かってタコ、タコの連発は応援しているんだか、罵倒しているんだか。会場の応援席にいたら、身内で乱闘だよねと笑う。
 ゴールキーパーの川島がよく止める。「早く点を入れてやれ、このタコ」で、同点引き分け、延長戦の前半も点が入らない。しばしトイレに行って帰ってきたらもう後半戦が始まっている。5分を過ぎたあたり、長友がゴール前にあげた球を李が鮮やかにボレーシュートを決めた。教科書に出てくるようなものの見事さ。もうおおはしゃぎだ。途中から投入されていたのが李だった。しかし残りあと10分近くある。選手たちも疲れ果てている。「攻めろ、攻めろ、タコ、こらっヨシダ」酔って人格が変わったMさんに容赦はない。「卑怯だよな、あいつら、川島にぶつかってやがる。もう牛肉なんか絶対買わないぞ」とくる。確かに韓国戦の前例もある。ハラハラドキドキ、ロスタイムも過ごして、日本チームはようやく勝利を手にした。ヨシ!

 やった、やったの大騒ぎだ。恐らく旅館中に聞こえているはずだ。真夜中の2時過ぎの小さな宿の。

 しばしめでたし、めでたしで、それではとつれあいも部屋に戻った。布団にもぐりこむと、炬燵の方から何やっているのときた。えっ、と仰向けにのけぞって声のする方を見やれば、勝利の美酒を仰がないのかと。ええい、こうなりゃヤケだ、クソだ。宴会場からもってきた徳利に上等の酒を注いで、カンパイの嵐。それでYさんが「勝つとわかっているから、何度観てもいい」と言ってテレビのチャンネルをまわすが、そんなにすぐにやっているところはない。BSNHKニュースの冒頭でやったぐらいで、あとはどうでもいい深夜番組だ。よっしゃとようやく床に就いたのが3時前ではなかっただろうか。MさんもYさんも興奮して大騒ぎしていた割には寝つきがいい。

 ん!?何やら寒い風と気付いたらMさんがトイレに行った様子。帰ってきてそれっきり起きていたようだ。時計を見れば午前5時、またしても2時間しか寝ていない。6時になればいつまで寝ているのですかと、今度は正気のMさんにまたも起こされてしまった。ふにゃぁふにゃあと伸びをして起きる。

 あれから一週間が過ぎた。そんなこんな忘れられない一夜になった。

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