2009年2月28日土曜日

97になる


 一日違えば私は四年に一度しか歳をとらなかったとあまりおもしろくない冗談を母はよく語った。
 今日で97歳になる。最後の明治生まれ。同級生のお母さんではただ一人だった。
 上の姉は昨日が誕生日で母はいつもまとめてお祝いをした。姉は不本意だったろうに。
 その姉と娘と孫が訪ねていった、また兄夫婦と孫も。姪っこがひ孫とのツーショットを携帯メールで送ってくれた。耳が遠くなったようだ。衰えてはいるが自分で歩ける。

 由緒正しいかは知らぬが、母は由緒ある家に生まれた。昔の士族のプライドと男尊女卑で育った。上に二人の姉がいたようだが早世し実質的には長子として育った。女子師範学校を出たこと、数年間小学校の教師をしたこと、生徒たちに長く慕われたことを生涯誇りに思っている。お坊ちゃん育ちの祖父が連帯保証人をしたことで家を傾けたらしい。母はその俸給のほとんどを家にいれたという。  

 父の姉に見そめられ見合い結婚をして4人の子に恵まれた。よい暮らしをしていたそうだが戦争で全財産を失い引き揚げてきた。戦時中、戦後の苦労話、窮乏生活の話はよく聞かされた。私だけが戦後だいぶたってから生まれた。50代で夫に先立たれ、末の子の私が家を出てからは独り暮らしになり、やがて幾星霜、市のケアマネージャーの皆さんに注目される独居老人となっていった。父の33回忌を催したときはまだしっかりしていた、これからどうしようと話し合ったがまだ独りで頑張って生きていくと、そのままにしてしまった。様々なこと、子どものそれぞれの家庭への遠慮もあったのだと思う。さすがに数年後には独居がおぼつかなくなりケアハウスに入居した、生まれて初めての集合住まいにかなり戸惑った様子だった。次には認知症が進み介助なしに暮らしていく独居型入居そのものができなくなった。そのたびごとに途方に暮れることがあったが、運にも恵まれた。特別養護老人ホームでお世話になって今に至っている。人には頼らぬという母の頑張りが仇になることもあったが、爪に火をともすように貯めた少なからぬお金が母自身を助けた。

 個体の命は、いつかは果てる。受け継ぎ、引き継ぐ生命。海から生まれたらしい。その海は地球から生まれた。地球は宇宙の一部からできた、その宇宙の137億光年という時間だか空間だかわからない。さて、なにがどうなっているのだか。せめてもの授かった命、ほどほどに皆がみな幸せに生きることができること、これが私のシンプルな理想だ。

 ふたりの姉にはそれぞれに孫ができてかわいがっている。生まれてきたみずみずしい生とついえていくだろう生に向き合っている。いつかは我が身、長生きも良し悪しだねと語り会っている。

1 件のコメント:

ハマタヌ さんのコメント...

いつもながら、このような世界は余情半さんの独壇場ですね。渋い!まことに渋い。いいなぁ。逆立ちしても私には書けない。なんていうのかな、時代小説の一節みたいに、人と時代をしっかりと見ていますね。