2011年12月1日木曜日

一週間



昨日は珍しく遅く起きた。朝起きたら痰が切れるようになった。

先週の木曜日は就労支援の講習を受ける。
金曜日にクロスバイクを買い求める。メールが届き、夜は長男の訪問。

夜更かしをするのに、朝も早いということを続けた。
土曜日の朝から鼻水、くしゃみ。ティッシュを消費する。姉と姪とミカちゃんが泊りで遊びに来る日。風邪薬を服用。木々にイルミネーションを飾り付け点滅を開始。とろけるような鯨の刺身とつれあいの手作り料理で接待。日曜日は隣町の天ぷらやで昼食。退職のお祝いにと勘定は姉がもってくれた。公園でミカちゃんを遊ばせ、別れる。夜は子どもたちを招き、たくさん残ってしまった鯨の刺身と鍋料理。

その食事中に叔父から突然の連絡。初めての電話だ。私がかつて年賀状で戦争に行った話を訊きたいとメモしていたからと、いきなり自分の戦争体験を話し始める。学徒動員だったようだ。将校の道を選び訓練を受け、満州およびフィリピンへ行かされ九死に一生を得たという。つれあいの両親と自分たち夫婦は両方とも同じ歳だったと。約40分近い長電話。91歳で聞けば身体のあちこちに故障があるらしい。生前はお前の父親とも懇意にした。横浜に住んでいるから一度訪ねて来いと言われ、不義理をしたままだったので約束をした。

鹿児島のTくんからお悔やみと現職時代を慰労するメールを金曜日にもらいながら、返信のメールが遅くなった。緩慢になった。

月曜日は職場の先輩と会う。退職してから5年経ち今は年金生活というから、それ以来だ。早く終わりたいからと夕方4時半から飲み始めたが、結局遅くなった。ほとんど昔話に終始した。しかも仕事のときの話。今どうしていて、これからどうしたいという話題にもっていきたいのだが、どうしても済んだ思い出話に帰る。とうとう5時間ほども飲んで、焼酎を1本空けてしまった。積もる話で懐しく、再会できたことはうれしかったが、別れて後やや徒労感が残る。これからも、旧職の関係の人と会えばこうなりがちだろうなと想像した。

陽が照らなかったので火曜日の午前中は家にこもる、沖縄の一報に憤慨。午後からホームセンターに行って自転車カバーを買う。曇りながらも暖かかったので、ようやく新車に乗って再び出かける。自転車屋さんへ行き、ヘルメットを求める。黄色いのにした。帰途は日が落ち、装着したライトを照らす。

水曜日は好天で暖かい。編み物を続けたいというつれあいを無理矢理誘いサイクリングへ。一度行ってみたいと思っていた隣町のインド料理店でランチ。公園でつれあいにも新車に試乗してもらった。私より足が長いので苦にはならない、ちょっとお尻が痛いと言っていた。二人で遠出をしたいが、彼女にそういう気はない。BSで映画『切腹』を途中から観てしまった。

酒をときどき飲みながらも、途切れ途切れに風邪薬を服用している…。

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