2010年9月30日木曜日

傘が「ある」♪


 全天雲に蔽われたものの見事な雨の日だった。季節の変わり目の秋雨だろう。

 父の日にと息子が気合を入れて贈ってくれた蝙蝠傘を差す。小さい頃の話だが、あのころはまだ普通に蛇の目傘が使われていた。厚い油紙製で開けば油の酸化したような独特の匂いがあった。それよりも丈夫で高価なという区別の意味あいもあって、布製の傘を殊更に蝙蝠傘と呼んでいた。70年代初めの健さんのやくざ映画ぐらいにはまだ使われていたが、蛇の目傘はすっかり廃れてしまった。

 さて、件の傘は、手づくりだ。骨格がしっかりしていていかにも丈夫そうだ。ひとまわり大きくて雨から身体を守ってくれる。傘とは、ついうっかり置き忘れたりするものだ。気楽には持てない、失くしてはならじと緊張する。なぜなら職人さんが丁寧につくってくれた優れモノで高価なモノだと思うからでもあるし、もし、うかつにも失くしてしまったらそれを贈ってくれた子どもたちにすまないと思うからだ。だからと言って、千円や五百円ぐらいで買った傘を粗末にもしない。モノとはいずれにしても人がつくったものだからだ。それを思えば私はモノを大事にするし、おいそれとは捨てない。ヨーロッパやアメリカのマーチャンダイジングとは、仕様書を設計し、かつては南アジア、東南アジア、昔の香港の片隅で劣悪な取引条件でつくらせて発達したものだった。今、マーチャンダイジングによる仕様書発注は普及し、先に経済発展をした国が世界の安価な人件費を追い求めている。そうして世界のどこかで低廉なモノがつくられ、さらに果てしなき市場を求めている。ただこうしてマニュアルに沿って大量に安くつくったモノであろうが、丹精込めて職人が一つひとつつくった高価なモノであろうが、モノは人がつくったものである。

 それにしても荘重なというか、持ちごたえのある傘でさすがになんとも言えず心地がいい。りっぱな蝙蝠傘というにふさわしい。

 この傘を差していれば「貴き人」然という豊かな気分にもなるが、しかし、失くしてはならじと緊張しているのは「卑しき人」とでも言うべき落ち着かぬ心境にもなる。正直、あまりにいい傘も困ったものだ。なかなか、まだ不似合いのようだ。でも、世の中にはこんないい傘があったんだ。

 雨、雨、降れ降れ、もっと降れ♪だ、いい人、つれて来い♪だ。

0 件のコメント: