2010年9月20日月曜日

「我が家東京物語」


 18日(土)の夜は姉たちのお呼ばれにあずかり、都内の親戚Oさん宅の広い庭でバーベキューを御馳走になる。手土産は前日予約しておいた「田代さんの焼きだんご」25本にした。私は仕事を終えて遅くなったが、息子たちもそれぞれ招待されていて、我が家ではなくこちらで久しぶりに一家顔を揃えることになった。姪のTさんたち夫婦が九州に急遽転勤になったそうだ。二男夫婦は出産のお祝いに昼間都内で長男夫婦からベビーカーを買ってもらってご機嫌だった。私たちは長男夫婦に早くベビーカーを買ってあげたいのだけれども。

 邦男さんの秋刀魚は確かなものだ。品質と鮮度がいい加減では浜の男のプライドが許さない、だからいつ送って来るかわからない。納得できるものがあったら送る、予告なしはそういう証だ。それが、19日(日)に届いた、たまたま在宅していたからよかった。例年なら月初めだ、不漁を反映している。昔の10kg箱や5kg箱よりも小さくなったとはいえ、4kg箱に24尾。三男が前日から泊まっていてよかった。さあ、それで子どもたちに召集をかけるが、来られたのは二男夫婦のみ。18時開演のEarth-beの公演を観に行く予約を急遽翌日に変更してもらう。それで、前夜に続いて今度は“秋刀魚宴会”を催す。長男夫婦は予定が入っていて来られず。

 オギャーオギャーとは赤ん坊の居る証拠のようだが、孫のソータローはほとんど泣かない。で、ぐずるのを聞いたことがない。母乳を良く飲み、よく眠る、起きていてもぐずらない。なんと手のかからない子だろう、お嫁さんの赤ちゃん時代がそうだったらしいとあちらのお母さんから聞いていた。久しぶりに赤ん坊を腕に抱いていて昔の感触が蘇ってきた。

 さんまは刺身、塩焼き、手毬寿司、さつまあげ、開きの一夜干し、で2日かけて堪能した(蒲焼用は冷凍した)。邦男さんの秋刀魚は、刺身はもちろん加工しても元がいいから美味しくいただける。今日(祝日)の昼間はEarth-beの公演を観に行く。“ダンス見物”とでもいうか。40数名の鍛えられた肉体による表現「われわれはどこへ行くのかLa Terra」。石橋寿恵子先生がゴーギャンの絵画に素材とモチーフを求めたもの。自然と人間の一体感、群舞による表現。ミュージカルとも違うダンス。会場は満員でした。

 「うまい!」と言えば「うますぎるっ」と反応するのは我が県在住の人、東京や他県の人にはわからない。このローカルテレビに流れるCMを知ってはいるが、一度も買ったことも食べたこともない。芸術劇場の前に「十万石」のお店があったので、買って東京育ちの長男のお嫁さんに食べさせてあげようとひょいと思いつき、長男に連絡。劇場からの帰り道で足を延ばして久しぶりに長男宅を訪問。別に一昨日バーベキューで会ったばかりだったが、「十万石饅頭」でしばし歓談。この前の返礼に、紅葉のころあちらのご両親を招待したい旨伝えた。饅頭はたしかに美味い。でも「十万石饅頭」のお店は県内でも私たちの住んでいるあたりにはない。ところで秋刀魚着いたらまた誘うからと、昨日の秋刀魚の画像見せる。去年はいただきましたという話になる。結婚してもうすぐ4年目になるようだ。そのお祝いもしていなかったので、何がよいかと切り出す。前に食器棚でもと話を積んでいたが、見渡せば、なるほど置き場所がないようだ。それでドラム型の洗濯機に話が及び、それがいいねということになった。ただ、これも置き場所がいかがなものか、要するに狭いのだけれども。あかちゃんできないのかな、これを切り出すわけにはいかなかった。

 夜の7時を過ぎたらお礼の電話がきた。配偶者の両親が健在だ。戦争中、義父は中国・インドシナに長く兵隊にとられていた。母親の死に目に会えなかった。「くよくよ考えない、よく眠る、これで生き残れたの、この人は」とは、戦後見合い結婚した義母のいつも言う表現。その辺は今週で終わる「げげげの女房」の水木しげるさんと共通している。敬老の日にと「くらづくり本舗」のお菓子の詰め合わせを送っていたのだが、みんなでお茶菓子に食べたありがとうと。人生が長ければ、モノはもう不要のはずだから贈り物は食べて無くなるものにした。私的にはここの最中が好きだ。さて、そのうちに、私たちが敬老の対象になりかねないな、もはやジジババでもあるし。

 明日は胃カメラ。手作りで揚げたての秋刀魚のさつまあげでいっぱいやりたかったが、我慢した。夜8時までに飲み食いを終え、歯磨きをした。ちと、疲れたけれども思わぬ三日間の「我が家東京物語」になった。うちの実の娘さんだけがへそ曲がりで物語に出てこなかった。

0 件のコメント: