試しにそちらの赤飯を食べてみてとメールした。三沢は寒いよとメールがきた。東北出身のくせに夏の服装であわてて飛び出して行ったのが昨日の早朝のことだった。完璧な夏の服装だったな。先のことや向こうのことは考えていない。ほとんど荷物も持っていなかった。あの難しい本の著者の「講演よかったよ」と電話もかかってきた。ところで何故「赤飯?」、甘い赤飯らしいよ。そう言えば、ばあちゃんところの田舎の赤飯もそうだったって。
こちらも雨が降り続き、早朝の出勤時は寒い。昨夜炊いたご飯の残りを温め、しらす干しをかけて食べる。今夜も残りを温めるつもりだ。げに、一人暮らしになったら寂しかろうなと考える。若いとき住処に帰って来て蛍光灯をつけると青白いまぶしい光がやけに惨めに感じたから、一緒に居れる人をみつけて早くに結婚した。だから、人生のなかで今のところ、一人暮らしの期間は短い。結婚して、まもなく子宝に恵まれ、子育ての期間を終え、二人暮しに入った。子育ての間のことはもう頭の中では走馬灯のようになっている。今や我が家の部屋数は、子どもらどもの夢の跡で物置同然だ。
そういえば末っ子の私が家を出て母は長く独り暮らしだった。話し相手の猫も亡くなり、まるで民話に出てくるお婆さんのように、たまに家に寄った人をつかまえて長話をするのだった。そうして寂しさを紛らわすのが精一杯だったと思う。そういうことを、わかっていながらほったらかしにした。仕事があるから、遠いからと言い訳けして、親不孝をしたものだ。
モノを失ったり、ヒトが亡くなったりしたときの「喪失感」を少し覚えるようになった。ありのままには受け容れるようにならなければいけないが、少し老化現象が忍び寄っているのかなとも考える、笑われるかもしれないけれど。
遅くに帰ってくるらしい、我が家の同居人。どっさりと資料を持って。
遅くに帰ってくるらしい、我が家の同居人。どっさりと資料を持って。
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