池袋駅西口7番バス停。着いたときにはまだ誰も並んでいなかった。集まってくる客に私たちのような重装備の人はいない。一緒に行く長男と合流。イーハトーブ号22時40分発。
3列のバスは初めてで、厚いカーテンがあって眠れるように座席がぐっと傾く。狭いようだがトイレもあって、運転手が交代する以外は目的地まで途中止まることはない。その交代要員の運転手の寝所は下の荷物置き場の横にあった。閉めてしまえばどこにあるかわからない。
水沢駅前に着いたのは早朝5時20分。到着してみれば、バスは3台だった、増便したのだろう。それを考えれば、もっと早く行く日にも増便していたのかもしれない。初めて降り立つ駅だが、なにかの因縁だろうか、関東大震災後の復興に東京市長として腕をふる
出発してまもなく息子が、カメラが見当たらないことに気付く。弁当を買いにいったときに慌てて落っことしたと考えられた。女の車掌さんが乗っていて届け出る。間もなくして、駅でみつかったという知らせをいただく。確か宮沢賢治が勤務した鉱山の工場がある駅だと思うが、ここで降りて、引き返す。ちょうど、上りと下りが行き合うところで待たずに引き返せた。あとで合流することにする。
水沢に着いてからずっと車中から除く風景は穏やかで、本当にあんな惨状があったのだろうかと不思議に感じた。気仙沼に近づくにつれ列車は地形を下っていく。並行して走る道路に自衛隊の車列を見つける。さてどうなっているのだろうと、いよいよ臨場感を抱き始める。近づくにつれ、徐行をしながら走っていた列車は10分ほど遅れて気仙沼駅に無事到着する。被災地は「壊滅」と聞いていたから、何日も前に仙台の叔父とつれあいが連絡をとったときに、「ホテルに泊まれば」とか、「タクシーで移動すればいい」とか、言っていたので何をとぼけたことをと思ったのだが、現実には駅前には何台もタクシーが止まっていて、駅前のビジネスホテルも営業している様子だった。 到着の最初の印象は拍子抜けだった。
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