2011年3月30日水曜日
手編みの帽子
名もなき我々が、今、していることを、感じていることを、それぞれの立場と目線で淡々とつづり伝えることが、いずれ困難に立ち向かうことになるだろう。だから、起きたことにことさら目をそらさない。やはり犠牲や被災を悼むし、そして支援しようとする。それが「頑張ろう」という激励の前提だと考えている。
ご近所の斉藤さんが訪ねて来、お仲間からのお見舞いを届けてくださった。そして、手編みの帽子を3つもいただいた。心のこもったもので本当にありがたい。斉藤さんもこの前つれあいを亡くされた。
お見舞いの電話をいただく。メールも入っているようだ。
みんな、何かしたいと思っている。
このたびは、いただいたご香典やお見舞いが思わぬ多額になった。ただし、現金で持って行って渡すには、避難所暮らしでは管理ができない。目録と香典袋あるいはお見舞い袋を渡して、多くは振り込むことにした。
「葬儀に間に合ってよかったですね」と善意で声を掛けられるが、被災地で葬儀ができる状況ではない。火葬の日は行政が機械的に振り分けたもので、たまたま被災地に行ける期間がこれに重なるが、周りの人は葬儀に行くのだと取り違えている。広い意味では葬儀になるから、そういうことにしているがリアルな事情は当事者でなければ理解され難い。
ともあれ遺影ができあがった。平時なら葬儀屋さんに任せるのだろうけれども、実家では写真が流されたから、いちばんにやって欲しいこととして頼まれた。
何年か前に両親が我が家に来たときにとった画像からつくった。できるだけ、普段のままの、そして明るい表情のものを選んだつもりだ。
こんな額縁の中に入っちゃって、信じられない…。
語りかけたら笑い声と一緒に返事が返ってきそうだ。
出発の荷造りをした。多量の荷物になった。担げるかな。
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