つれあいの兄から連絡がありました。気仙沼の避難所から市役所の特別な電話を利用したようです。母と父の遺体が相次いで見つかったそうです。津波に逃げ遅れたと考えられます。逃げなかったのかもしれません。自宅の1階から発見され仲良く一緒に亡くなっておりました。あれほど多くの犠牲者なので警察の検死がいつになるかわからないそうです。つれあいに兄嫁が助けられなくて申し訳ないと悲嘆しておりましたが、つれあいはすこしもそうは思いません。実の娘以上に長く父母と暮らし尽くしてもらいました。でも、両親同時に亡くしたことと、むごい死に方をしたショックにつれあいは泣き崩れます。くやしいと。
兄の家族(兄夫婦、娘夫婦と一子)が生き残ったことは確認することができました。まだ消息がわからない親戚がいます。報道の映像を見れば「志津川のおんちゃん」の家の跡形がありません。
東京大空襲は3.10でしたが、このたびの3.11も忘れられない日になりました。
2011年3月14日月曜日
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