2010年10月31日日曜日

土曜日の台風

 粛々と仕事をする。ノルマを凌駕する。そういうときには目がテンになっている。やっかいな案件をひとつ片付けると、登り道の曲がり角の先に出たような気がする。違う展望があるはずだと心はずむ。が、しかしそこはさらなる登り道だったりすることは往々にしてある。単なる登り道になんの見晴らしもない。凌駕するのは量だが、出来もなかなかだ。経験も蓄積をすれば質もあがる。ただ、量の計測では質は記録されない。報われなくともいいが、誰かの役には立っているのだろうと考える。

 風雨吹きすさぶ様子の街を見下ろし、昼休みにその街にでれば、あの何かによく似ている。映画『台風クラブ』(1985年 監督相米慎二)のシーンが頭を巡る。台風と一緒に変化が訪れるという期待の、あの雰囲気を想い出す。

 手作り製のりっぱな傘を手から離さずに、予約しておいた切符をエキネットで引き出す。窓口は混んでいたが自動券売機には誰もいない。うまく操作できた、というより簡単だった。案外ということだ。特急指定席料金が御褒美のように正規料金より多少割引になっている。これで盛岡までは行ける。「おめでとう」とメールがくる。

 湘南新宿線は止まった。風雨のなか無事に走る通勤電車の中で、ちょっと分厚い本だがユン・チアンの『マオ(上巻)』(2005年 講談社)を読み始める。個人崇拝されたあの「英雄」のことをとりあげている。私が中学時代に起きたあの動乱。繰り返し「リュウショウキ」という人がどれほど悪人であるか、ラジオをつければ鮮明に入ってきたあの放送。晩年は同時代に生きていた人だ。政治的に敵視する人、建国の父・人民解放の英雄として崇拝する人、しかもそれを押し付ける人、冷静に批判する人、若いときはこの人物の同時代的評価を通して「ものの見方、立場」を学んだ、一方で彭徳懐の生き方も知った。洗脳される危うさも知った。時代を遡り実証主義的でおもしろい本だ。

 帰り着くころは拍子抜けするほどひどい風雨も収まった。傘も丈夫だ。おいしい手料理が待っていていっぱいやった。しばらく風邪で控えていたので、久しぶりですぐに酔いがまわる。

 台風が近づき、そして去っていった土曜日のことだ。

2010年10月29日金曜日

恐怖の体験


 昨夜床に付こうとした瞬間のことだ。ぶるっときて全身に寒気が走り、身体が硬直して震えが止まらなくなった。どうしようもなくなった。以前にもあったことだ。寝ている最中にも起きたことがある。心筋梗塞とか脳梗塞とか異常事態はこういう風に襲って来るのではないかと想像された。昨夜はさすがに命の危険を感じ、つれあいに訴え、さすってもらったりしてなんとかおさめた。「♪もうわか~くないさと、言い訳していたねぇ」だな。寒さが心構えよりも早くきているのか、気よりも先に身体が老いているのか。しまっていたパネルヒーターを早速とりだして使うことにした。定期健診のたんびに梗塞で倒れたら家族に迷惑かけますよと医者に言われている。休みの日にストーブも出そう。肩もつらい、2度目の五十肩かなぁ。暑さ寒さにうまく付き合っていかなければ、しなやかに。

2010年10月28日木曜日

ささやかな

 昔、まだ福岡に住んでいた時、母の誕生日に合わせて実家に帰ることがあったので、妻殿にたのんでケーキを焼いてもらった。電車とバスに乗って、飛行機に乗って、またバスに乗って注意して持ち運んだつもりだったが、無理があった。開けてみたら丸いケーキがつぶれていた。それでも、母はケーキなんかつくったこともなかったから、感心して嫁の手作りのケーキだといって喜んでもらった。二人で食べた。そんなことをふと想い出した。

 今日は二男のお嫁さんの誕生日だったので、帰りにちょっとデパートに寄った。その売り場にはバースデープレートとローソクサービスをするというPOPがあったので、「今だけの限定販売」とかいうリンゴタルトというのを買って帰った。雨降りを自転車で帰らなければいけない。普通のケーキならつぶれそうな気がしたのでそれでよかった。それで二人でジムの帰りに彼女にはサプライズで立ち寄った。蝋燭を5本立て♪ハッピバースデートゥユーで、ささやかなお祝いをした。それを携帯で撮影したのに保存せずに閉じてしまっていた、あれれ。

 息子も早く帰宅していて、二人の今晩のメニューはエビフライとステーキだったそうな。

2010年10月26日火曜日

晴れない


 多少、ムラッ気のある私にはこの天候は得意でない気分だ。暗くなるのが早いのも重い。

 朝、公民館でトレッキングの説明会と申し込み受付があり、本人でないとだめだというので、この際休んだ。疲れてもいる。見渡すと皆さんリタイアされた方ばかりで私たちが一番若い。いつものことだ。仕事も大事ではあるが、一生にしなければいけない仕事でもない。本番のトレッキングではもう一度休まなければいけない。昼からは晴れるという予報を信じて洗濯物を干す。10時にお茶を飲み、昼は主婦めし、すなわち残りもので済ます。口が寂しいので、甘いものを頬張る、つい、とことん口にする。証拠は隠滅しなければいけないドジな検察幹部とは違う。3時過ぎにお茶。洗濯物をとりいれるも、乾いておらず、爽快感なし。台所の洗いものを終え、慌てて部屋の片付けにとりかかる。子育てを終えた私たちは単なる共同生活だ。茶の間を自分のものにするな、パソコンも資料も本も新聞もいつもその都度片付けろと厳命されていた。炬燵布団もセットしなければ、明日から寒くなるらしい。3年分の雑誌を捨てる。玄関に積む。結婚以来ずっとアルバムを作り続けていたが、デジカメになって止めていた、その最後のアルバムが出てきた。2006年1月2日で終わっていた。さて、夕食当番だが、どうしよう。ブログどころではないのだが。

 リタイアしたら、きっと太るな、そして矢のように時間が過ぎていきそうだ。うむ。
 *画像のクッキーはみんなが集まったとき娘が焼いてくれたもの、今日食べたものではない。念のため。

2010年10月24日日曜日

曇りのち雨


 花壇の花を植え替える。こんなところにナメクジが潜んでいたんだ。曇り空。昼間はホットカーペットの上で毛布を被ってうつらうつらする。薬の服用によって咳がおさまる。昼過ぎに二男宅へうちで不要になった2畳用のホットカーペットを届けた。広げて使用したらちょうどよい、そして暖かい。ソータローは日々成長している。早めの夕食をとり隣町へ映画『いのちの山河』を観に行く。出かけようとしたらあいにく雨になったので電車で行くのをやめて車で行った。帰ってきてから地図帳を開けて岩手県(旧)沢内村の場所を確認する。つれあいはポケットに入れていた定期をどこかで(たぶん会場)で紛失してしまったようだ。落ち込んでいる。本日は曇りのち雨、映画のおかげで私の気分は青空。つれあいは失くし物のせいで天気と同じ。

2010年10月23日土曜日

ホットカーペット


 米の値段が暴落している、加えてこの夏の猛暑で米のランクが落ちて生産者の収入が一段と減る、というニュースが報じられる。

 ご近所のTさんは独り暮らしだったが、息子さん夫婦のところで同居するというのでこの春引っ越された。それでどうせ捨てるものだからと、三畳用のホットカーペットをいただいていた。それを敷いてみた。りっぱなもので、ほかほかとして電機を入れなくとも今のところ暖かい。歳を重ねるにつれ、暖かいものはありがたい。朝晩の冷え込みに、この夏はそんなに暑かったっけなどとついつい思ってしまう。

 大学に入るために家を出て以来、私は母親と暮らすことは一度もなかった。

 ろくに親の面倒もみず、お米や野菜をつくる生産者の苦労も知らぬいい加減な私にバチがあたった。右肩イタタ。ゲホゲホ、ズルズル。「早く寝ろ」と言われる。

2010年10月22日金曜日

イガイガドン


 「うちの‘正岡子規さん’はゲホゲホと咳をしています」と言われてしまった。

 じぃ~っとしていると、スーっと鼻水が垂れてくる。数日前から喉がイガイガしていた。今朝起きたらそれがひどくなっていた。風邪薬を服用する。そのせいか仕事中もふらふらする。トローチをなめる、人はなめちゃいないナンテしゃれが出てくる余裕はある。

 原因は薄着と夜更かし。ISO風に言うと「気温変化への不適合」。夜更かしは、なんとか毎日欠かさずブログを入れようと頑張ったせい。言葉や文章が泉のようにでてくるときはいい、そうでないときは書き出しだけでつまずく。そうしている内に、日付変更が迫る。紀行は日が遠のくにつれ記憶や感動が薄れていくから、それが暖かいうちに記そうと思う。それと裏腹に身体を冷やしてしまったのだろう。これで豚インフルだか鳥インフルだかに襲われたらイチコロだな、ナンテ『見通す力』(池上彰/生活人新書/2009年10月)の書き出しを脈絡もなく思い出す。「報告会」のときにはきっと全部忘れている。脳がそうできている。

 広い読者が待っていて記録的連載を続ける『農と島のありんくりん』もあれも大変だなとか、引き受けた原稿を入れなきゃいけない連載も難儀やなとか、3ヵ月ぶりのブログもありかなとかいろんなことを考えつつ、今日もつたない日記を自分のためにつけている。

 さて、ご飯はよく噛んで食べよん♪もう、寝よん♪。明日は休んでやる。「正岡子規と高杉晋作」が乗りうつった夢をみませんように。