2013年4月6日土曜日

所沢で三上元さんの記念講演があります


 4月27日(土)(18:00~19:15)「所沢・つながる市民の会」の主催で総会に先立ち、静岡県湖西市市長三上元さん(みかみはじめ/脱原発をめざす首長会議世話人)を講師に迎えて『原発のコスト』と題する記念講演があります。講演は約1時間でどなたも参加できます。入場無料。埼玉県所沢/市民文化会館「ミューズ」管理棟5階第2展示室(西武新宿線・航空公園駅徒歩10分)。

■テーマ「原発のコスト」;現在エネルギー源として「原発はやはり必要だ」と考える人が多いが、今回の福島事故を経験して社会に与えた総被害額(賠償額)を加えてコストを考えたときに原発は極めて高コストのエネルギーであり、資本主義的効率からいっても逸脱したものである。
■講 師プロフイール:湖西市は静岡県の浜中湖の西側にある、約6万人の都市です。三上市長は昨年の11月選挙で自民党候補者との一騎打ちで3期目の当選を勝ち取りました。三上市長は福島第一原発の事故前から、反原発の論陣をはっており、市長になってから、静岡県の「浜岡原発の停止」を求めて、国や静岡県下の市長会で訴え活動し、いまではその活動を全国にひろげ、現在「脱原発をめざす首長会議」世話人をしています。
■主催「所沢・つながる市民の会」

2013年3月30日土曜日

飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)東京シンポジウムに参加

 
3月30日(土)東大農学部の会場で開催された「飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)東京シンポジウム」(10:00~18:00)。定員は300名でしたが、のべ300人以上の参加者があったもようで大盛会でした。飯舘村、福島、原発被災地、人間、暮らし、などなどを深く知り考えさせられた…。そんな盛りだくさんの内容でした。午後の部で、飯舘村支援「味噌の里親」プロジェクトの活動とつながりのある福島県飯舘村佐須地区の菅野栄子さんの発表がありました。菅野栄子さんは、その「味噌の里親」にも触れていました。ところで、ずいぶんおしゃれな栄子さんの姿でした。


飯舘村放射能エコロジー研究会(IISORA)東京シンポジウム
「原発災害と生物・人・地域社会~福島の事故でわかってきたこととこれからの課題」
併催:飯舘村酪農家・長谷川健一写真展『飯舘村』


日時:平成25年3月30日(土) 10:00~18:00
場所:東京大学農学部弥生講堂一条ホール
〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1 東京大学弥生キャンパス内
定員:300名
参加費:無料(申し込み不要) 
プログラム
◆開会挨拶(10:00~10:10)
◆第1部(10:10~12:10)
放射能の生物影響と初期被曝量評価
座長 小澤祥司/NPOエコロジーアーキスケープ 
「飯舘村全域を対象とする放射能汚染と初期被曝量評価の試み」
今中哲二/京都大学原子炉実験所 
「飯舘村での低レベルガンマ線場を用いたイネの遺伝子発現実験の報告」
ランディープ・ラクワール/筑波大学大学院生命環境科学研究科
「福島原発事故のヤマトシジミへの生物学的影響」
大瀧丈二/琉球大学理学部
「高線量地帯周辺における野生動物の生態・被曝モニタリング」
石田健/東京大学大学院農学生命科学研究科
「福島県に生息する野生ニホンザルにおける放射性セシウムの被ばく状況について」
羽山伸一/日本獣医生命科学大学獣医学部
◆基調講演(13:30~14:00)
「原発災害とリスクコミュニケーション」
鬼頭秀一/東京大学大学院新領域創成科学研究科
◆第2部(14:00~15:30)
村民の思いと現状報告
座長 菅井益郎/國學院大学経済学部
「全村避難から2年 飯舘村民からの報告」
酒井政秋/飯舘村小宮・菅野榮子/飯舘村佐須・杉下初男/飯舘村長泥
 「避難生活実態と復興に関する飯舘村成人悉皆アンケート調査報告」
浦上健司/日本大学・NPOエコロジーアーキスケープ
◆第3部(15:50~16:50)
賠償問題と支援の課題
座長 糸長浩司/日本大学生物資源科学部
「損害賠償問題」
小林克信/ 原発被災者弁護団(東京)弁護士
「「福島―関東対話の会」の活動から」
 渡辺瑛莉/福島―関東対話の会
◆総合討論(16:50~18:00)
モデレーター 糸長浩司



2013年3月4日月曜日

『終わりのない歌』演出家田中暢さん追悼コンサートのご案内



「自分が自分で
  あることを尊び
    自分が自分でなくなることを
       恐れます」


4月20日(土)17時30分開場 18時30開演!!!!!

場所:所沢市民文化センターミューズ マーキーホール(西武新宿線航空公園東口より徒歩10分)
 
入場無料



「終わりのない歌」は彼が創った最後の詩のタイトルですが、このコンサートでは彼の手掛けた作品を中心に歌い、踊り、懐かしい映像にふれ、そして彼について大いに語り合いたいと思っています。そこから未来に向けて何を発信していたかが見えてくることを期待し、さらにこの夕べが深い悲しみを乗り越えてそれぞれの新たな出発の日となれば、これほどの幸せはありません。
「終わりのない歌」実行委員会(代表 石橋寿恵子)


☞一般的な「お別れ会」とは ひと味違った「天国の田中暢に最高のエンターテイメントを見せてやる会」(byご長男)になる予定です。田中先生と関わりのあった方々をはじめ、たくさんのひとにお越しいただけますようご案内いたします。

2013年1月18日金曜日

訪問者の正体


我が家には月曜日に降った雪がまだ溶けずにあります。

今朝、雪中にみつけました、ご近所からの訪問者でしょうか。

寒がりだと思っていたのですが、どうあれ縄張りの散歩をしなければいけないという果敢な性格なのでしょうか…。

2013年1月17日木曜日

阪神淡路大震災から18年目

Web画像より

 家族全員と住居は無事だった。が、お店を失った。前年に改装したばかりで借金が残った。もしあれが早朝(5時46分)でなかったら、無事ではいなかったかもしれない。

 後に高架の線路がひん曲がって落盤していた報道写真を見た。まさにそのあたり。それなのに梅田寄りのたったひとつ先の駅のあたりはなんともなかった。地獄と天国の境目、18年前の阪神淡路大震災の激震地の一番東側の端で兄は被災した。

 人生が変わった。幸い国家資格を持っていたので再就職ができた。義姉はなんども恐怖がよみがえり鬱のような症状に長く悩まされた。兄は老いてから勤め人というものを始めて、今でもガンと闘いながら働き続けている。

 来月、久しぶりに兄弟四人そろって温泉に行くことにしている。

2013年1月15日火曜日

舞台芸術家 田中 暢さん追悼


今朝、訃報に接した。埼玉や東京・大阪・山梨で公演された市民ミュージカル『I LOVE 憲法』『憲法ミュージカル』などの監督をされた田中暢さんが昨日(1月14日)お亡くなりになったと。

1993年から10年間にわたり、毎年、埼玉県各地で公演された市民ミュージカル『I LOVE 憲法』。これを継承し、東京三多摩やその後大阪、山梨などで『憲法ミュージカル』が公演された。「キジムナー」(2007年/精霊と沖縄戦)、「ロラ・マシン物語」(2008年/従軍慰安婦にされたフィリピン女性の生涯)、「ムツゴロウ・ラプソディ」(2009年/諫早湾干拓と生き物)「ドクターサーブ」(2011年/アフガニスタンの井戸掘り支援の中村哲医師)。これらがテーマになった。これらをすべて監督として手掛けられたのが田中暢さんだった。

訳もなくいや、人間の欲望や戦争のために自然が破壊される、生き物が殺される、ひとがおとしめられる。そんなのいやだと声をあげる、なんとかしようと。それを舞台芸術に表現する。すべからくメッセージ性が強くなる。ポリティカルなというか。

そうすると途端に「無関心」がかえってくることがある。避けたいと。それはわかる。しかし、NHK朝ドラの「純と愛」でこういうセリフがあった「愛の反対は憎しみではなく無関心」(1月10日放送)。そう思う。愛とは無関心ではいられないということだ。

中に入って演じる側にも葛藤がある、テーマは決して浮世離れのメルヘンではない。私たちは生きていく中で不条理に直面する、それは重い。自分の頭で考える。才能はみんな違う。ただ踊りたい、歌いたい、なんのために。芸術は内面から溢れてくるものだ。じぶんのために、そしてひとのために、生きとし生けるもののために。表現したい(ひとは命じられるままに動きたいものではない、腹に落ちてホントのエネルギーになる)。

一方、そういうメッセージ性は全く無くて、ひとときのメルヘンや希望や勇気にひたらせてくれるアミューズメントや大手劇団は商業的に成功し、メジャーになる。お客様を現実から逃避させ、夢中にさせる。もちろん、芸術は切磋琢磨だ。洗練された表現力、心にしみる力、心地よさにいざなう力などが人を惹きつける。理屈ではなく感性だ。ディズニィーも劇団四季もそれはそれですごく高い水準で素晴らしい。

さて、田中さんの作品のひとつ「ムツゴロウ・ラプソディ」は生きとし生ける生命を絶ち、干潟を破壊し、海で生業(なりわい)をする漁民の生活を狂わせた、なにを以ってあの諫早湾の水門293枚を閉めた(1993年)のかと、あのころにかえろうというメッセージ性をもった構成のミュージカルだった。「あのころとは」と、キャストには演じるに際して実際に諫早湾を見に行った人もいたそうだ。そうして見事な役を演ずる、皆が、泥に、お日様に、同じ生き物に成りきった。

 市民ミュージカルで素人がやるからといってお稽古の発表会でもなければ、メッセージがあるからといってお説教でもない、格調高い見事なミュージカルに完成されていた。みんな「劇団四季には負けない(四季には出演してみたいけど…)」という高い“士気”気概で臨んでいた。作者で監督の田中暢さん、振り付けの石橋寿恵子さん、音楽のMatsunobuさんというそれぞれの分野の優れた芸術家たちの作品になった。
 市民ミュージカルは常設の練習場を持つわけでもなく毎度借りた稽古場を渡り歩き、いつも空調があったわけでもなく、交通費もなにもかも全てが自前で、仕事の合間の土日をつぶし、厳しい稽古を重ねた。チケットはみんなで売った。大きな会場を埋め尽くすには半端な努力ではない。保険のおばちゃんのように道行く人にも声を掛けた。町の本屋さんや自転車屋さんにもポスターやチケットを置いてもらった。そして演じ切り、観てくれた人の心を動かし見事に成功させた。

私は「ムツゴロウ・ラプソディ」第2回目の多摩公演の開演前に石橋先生の紹介で田中監督にご挨拶する機会を得た。「ああ、ゲンさんのご主人、お世話になってます」と気さくに握手していただいた。そのときの手のひらは温かくやわらかかった。

わたしたちはあたかも能面のように無表情で、なにごとにも「無関心」では生きてはいけない。

画像はミュージカル「ムツゴロウ・ラプソディ」公演終了後舞台に立った田中監督(2009年11月15日日曜日撮影)。情勢は甘くはありませんが、ふんばります。どうぞ安らかに。

支出引き締めの

 連休中につれあいが家計簿の一年の決算をしました。
 私の目を見ながらこれを見よと言いました。私が家計を預かって以降、すべて赤字に転落。一覧表によって一目瞭然。しかも、やれカンパだの集会への交通費だCD買った本買ったというのは別会計にしてもらっています。
 生きていけないよ、せめて食費を抑えてと。反省します心入れ替えます無駄遣いしませんと。きっとそのときの私の目は泳いでいたに違いありません。