2012年2月6日月曜日

こんどの土曜日


「反貧困フェスタ in ふくしま」
 フクシマからふくしまへ ~被災地から貧困を問う~

【日時】2012年2月11日(土)10:00~16:30
【会場】福島大学(福島県福島市金谷川1番地)
【アクセス】JR東北本線「金谷川駅」下車 徒歩5分
【主催】反貧困ネットワークふくしま、福島大学災害復興研究所
【協力】反貧困ネットワーク
【お問い合わせ・ご連絡】福島大学災害復興研究所 TEL&FAX. 024-548-8272

◇◆◇チラシのダウンロードはこちらからどうぞ◇◆◆

*参加無料。可能であればカンパをお願いします。
*昼食は各自でご用意ください。
*手話通訳の情報保障をいたします。

3月11日の東日本大震災により、福島県は、地震・津波の自然災害に加え、福島原発事故による未曾有の大規模複合災害に見舞われました。現在、福島県では15万人が県内外に避難生活を余儀なくされ、6万人以上が県外に避難をしています。災害の被害は決して平等ではなく、社会的に困難のある層に被害が大きく降りかかることが今回の災害でも現れました。
一方、災害の復興過程において様々な面で被災者の生活再建にひずみが出てきています。被災者の生活再建に寄与しない大規模復旧・復興事業、沿岸部の被災地における大規模生活保護打ち切り問題、社会的格差の拡大など、福島県そして東日本大震災の被災地が抱える問題は、日本社会の構造的な矛盾の象徴と言えます。
原発事故によって「fukushima」や「フクシマ」として世界中に認知されるようになった福島県ですが、本当の復興は人間が人間らしい生活を取り戻す「人間復興」であり、もとの「ふくしま」だと考えます。
「フクシマからふくしまへ」は、そうした災害によって奪われた日常を取り戻すための復興のあり方をともに考える場にしていきたいと考えます。

【プログラム】
10:00 開会式
◆開会挨拶
◆来賓挨拶 宇都宮 健児(反貧困ネットワーク代表)
10:30 分科会
1.こども・若者の視点から見たふくしま
2.福島から「女性の雇用問題」を考える
3.福島で働くということ(原発被害の実態)
4.福島における生活保護打ち切り問題
5.震災後の外国籍住民の現状
6.被災者支援のネットワークにむけて
7.映像とトークで考えるウォール街占拠
13:30 全体会
◆基調報告 渡邊 純(反貧困ネットワークふくしま共同代表)
「被災地から『人間の復興』を考える」
◆記念講演 湯浅 誠(反貧困ネットワーク事務局長)
「東日本大震災からの復興と反貧困運動」
◆パネルディスカッション
「原発事故からの再生」
〈パネリスト〉
佐藤 栄佐久(前福島県知事)
二瓶 由美子(桜の聖母短期大学准教授)
渡辺 淑彦(弁護士・福島原発被害弁護団事務局長)
〈コーディネーター〉
丹波 史紀(福島大学災害復興研究所)

*当日は、反貧困TVによるインターネット生中継があります!〈反貧困TV〉http://hanhinkontv.blogspot.com/

【賛同カンパのお願い】
当フェスタでは賛同していただける方のカンパをお願しています。
●金融機関名:ゆうちょ銀行
●口 座 番 号:02270-0-108844※ 他金融機関からの振り込み口座番号
  二二九(ニニキュウ)店(229) 当座 0108844
★ 通信欄に「反貧困フェスタ inふくしま賛同カンパ」と明記してください。


2012年2月5日日曜日

上映会があるよ、2月20日


『核のない21世紀を』(2001年 監督/片桐直樹 語り/吉永小百合)&『チェルノブイリハート』 (監督/マリアン・デレオ 2004年アカデミー短編ドキュメンタリー映画賞受賞)

と き;2012年 2月20日(月)
ところ;埼玉会館 小ホール
じかん;
① 10:30~11:30 核のない21世紀を
  11:40~12:41 チェルノブイリハート
② 14:00~15:00 核のない21世紀を
  15:10~16:11 チェルノブイリハート
③ 18:30~19:30 核のない21世紀を
  19:40~20:41 チェルノブイリハート

(問)℡048-822-7428 (埼玉映画文化協会)


「核のない21世紀を」 「シネマ・デイスト」サイトより

あらすじ
映画はヒロシマが戦争の世紀の始まりからそれにどう関わり、あの日「1945年8月6日」をむかえ、何があったのか?を世界中から集められた記録映像とアニメーションによって歴史的、科学的に検証します。ヒロシマの体験は「核の世紀」の幕開けでした。しかも、人類を破滅に導く時代の幕開けでした。世界の列強は核兵器開発競争に狂奔し、地球を数十回破壊しても余りある核兵器を持つに至りました。それはヒロシマ・ナガサキにつづくヒバクシャを生み出すことだったのです。また原子力を新しいエネルギーとする原子力発電所が各国に建設されます。そこからもまたヒパクシャが生まれました。現在、地球上に数百万人のヒバクシャがいるとも言われています。
映画の中では旧ソ連の核実験場であったセミバラチンスクのヒバクシャたち、今もなおヒバクシャを生み出している状態を伝えるチェルノブイリ原発の姿などが紹介されます。
映画はこうした歴史的事実を重ね、さらに東海村臨界事故、放射能兵器(劣化ウラン弾)といった核被害の実態を明らかにします。
同時に世界の核軍縮に向けた運動や取り組み、原発廃止をすすめる∃一口ツパの姿を紹介し、人類が「核」に翻弄された20世紀を映像でつづることで、21世紀に残されたのは、核兵器だけでなく限りなく発生するヒバクシャであり、地球環境破壊であることを浮かび上がらせます。
世界最初の被爆地である『ヒロシマ』が訴えてきたヒロシマの心は、「核被害を人類共有の体験として生かそう」という呼びかけです。
それは、広島医学界による、世界のヒバクシャ救済活動でありその広がりは、「世界の子ども平和像」の建設に取り組む子供達や、高校生平和集会、原水禁世界大会に活躍する若き世代に受け継がれていきます。

21世紀最初の広島からのメッセージ

「原爆の子」からはじまり数え切れないほどの映像メッセージが広島から発信されてきました。映画で、テレビで、ビデオで-それは広島に生き、あるいは広島にかかわる人々にとって避けえぬテーマでした。
そして21世紀の冒頭、広島から発信された核廃絶のメッセージがこの映画です。

この作品では、これまでの"核兵器"廃絶にとどまらず、人類がそのコントロールの道を見出していない"核"そのものの危うさに鋭い視点を向けています。
20世紀中に核兵器の廃絶を、という願いは達せられなかった。その願いを21世紀に引継ぐ若い世代に向けたメッセージがこの記録映画である。
製作にあたったのは、それぞれ広島を地元として核にこだわる仕事を積み重ねてきたテレビの中国放送であり、映画の広島映画センターである。

「チェルノブイリ・ハート」【トライワークス】より
1986年4月26日に発生し、放射性降下物の汚染によって旧ソ連の諸地域が汚染されたチェルノブイリ原発事故。それから16年後の周辺地域や病院を取材し、現地住民や子供たちが受け続けている原発被害の実態に迫った映画。

本作は、2004年の第76回アカデミー賞で短編ドキュメンタリー賞を受賞した記録映画だ。チェルノブイリ原発から半径30km以内の地域は、現在も居住が禁止され、北東350km以内にはホット・ゾーンと呼ばれる局所的な高濃度汚染地域が約100ヶ所も点在する。事故以来、穴の開いた心臓など、重篤な疾患を持つ子供たちが生まれており、放射線の影響とみられるこの症状はチェルノブイリ・ハートと呼ばれている。ベラルーシでは現在も新生児の数多くが何らかの障害を持っているそうで、カメラはそんな現場に訪れ、小児病棟や乳児院など、放射線治療の現場を映し出していく。

監督とプロデュースを務めているのは、二度のエミー賞ほか、数々の受賞経験を持つドキュメンタリー作家のマリアン・デレオ。彼女は「フクシマの原発事故は『悪い夢』のように思える」と東日本大震災に端を発する福島第一原発の事故に触れ、「『四半世紀に一度、事故が発生したとしても、それでも原子力発電所は安全だ』と言う人がいる。同じ言葉をウクライナやベラルーシの人々に向かって言えるだろうか? 彼らは何十年間も、残留放射能と共に暮らしている。この言葉を甲状腺がんに侵された何千人ものティーンエイジャーたちに言えるだろうか?」と問題を提起。そして「今はただフクシマが、第二のチェルノブイリになる前に収束することを切に祈る」とのメッセージを寄せている。

決して他人事にはできない衝撃的な現実を、是非その目で確かめてもらいたい。

本日再放送です


3・11大震災 シリーズ27
「放射線を浴びたX年後 ビキニ水爆実験、そして…」(制作 : 南海放送)
放送 : 1月29日(日)24:50~ (55分)
再放送 : 2月5日(日)11:00~     BS日テレ
       2月5日(日)18:00~    CS「日テレNEWS24」

「1954年。18ヶ所の漁港に鳴り響くガイガーカウンターの音。水揚げされる被ばくマグロ。南太平洋から戻るマグロ漁船の船体や乗組員の衣服、頭髪、そして魚からも、強い放射能が検知された。アメリカが太平洋で行った水爆実験は、広大な範囲で大気と海水と魚などを汚染。「死の灰」は、日本やアメリカ本土にまで届いていた。しかし事件から7ヶ月後。被ばくマグロが続々と水揚げされる中、日本政府は突如、放射能検査を打ち切った。数日後、両国政府が文書を交わし、事件に幕を引いたのだ。人々の記憶から消え、歴史から消し去られた被ばく事件。なぜ、これまで明るみに出なかったのか。そこには、両政府の思惑と人々の切実な思いがあった。8年にわたる取材から事件の全容を浮かび上がらせる。」

2012年2月3日金曜日

追い込み


 湯川さんからお手紙をいただいた。
「金子みすずの詩を歌う」コンサートのお誘いだ。

2011年3月11日が初演だった、一部が終わろうとしたとき、ホールが揺れ中止となった。5月に再演し、一部を震災支援とした。秋にも公演を続け、このたびの案内となった。

2012年2月12日(日)14:00~
小金井市民交流センター  チケット2,500円(当日)、2,000円(前売り)

2012年3月9日(金)14:00~ 
東大和市民会館ハミングホール チケット2,500円(当日)、2,000円(前売り)
 *お問い合わせ;090-4203-2450(清水)

 湯川さんのつれあい様が入院されたそうだ。秋に話しておいたお味噌の話を忘れたわけではなく、協力ができずにとお詫びしてあった。被災地支援で充分にご尽力いただいた。むしろ、こちらが恐縮する。


 考えられる伝手を頼って、なんとかならないかと考える。少し疲れてきたところに、河野さんは忘れていなかった、なんとか職場で10名誘って開催するつもりですと夕方連絡がきた。そういえば、昨日の深夜もリアルタイムでYOKOさんのところに参加するよと投稿があった。お知り合いの人のようだ。きっと目標にこぎつけられる。

「わたし」をどう伝えることができるのか。
それ以上でもそれ以下でもなく。

 つれあいはまこちゃんとりこちゃんの「おくるみ」の仕上げでの追い込みにはいる。
 りっぱなものができる。
 今日は、晴れたけれども、頭がそろそろ疲れてきた。



2012年2月2日木曜日

晴れなかったな、考える


前の日に願書をつくり、本日順番を待って提出したら、これは対象ではないと言われた。ため口、あきらかな上から目線。お役所それはそんなもんだろうと思うが、ここでも話が違った。「いや、前に相談したら私は資格があるといわれ、しかも別の科目を志願しているにもかかわらずこちらだと言われて、その説明会にも赴き納得の上今日その科目を提出した。」と、得心がいかない旨申し立てた。では、といってその女性の係官はあっさりと、前に対応したその係官に振る。文字通りお役所仕事、あちらのブースに行けと言われて移動する。あきらかにその担当官は狼狽しているのだが、いや説明が足りなかったと言い訳する。なんとかならないのかと言えば、法律で決まったことだと言われ、食い下がっても仕方ない。受け付けてはくれるというから、もう仕方ない。私も決めたことだ。これも自腹になるが、「推薦」ということで志願することにした。いずれにしても私は「学ぶ」ことにした。

昼間なのに家の中で吐く息が白い。それが1メートルぐらいある。ゴジラができる。
無邪気だ。
ひとりで暖房をいれるのももったいない。
かと言ってあまりにも寒い。
仕方ないので布団を敷き布団をかぶって、お行儀悪くパソコンに向かっていたら、ついうとうとした。たしかに寝不足も重なってきていた。気が付いたら、つれあいが仕事から帰ってきた。もう一度気が付いたら、晩御飯だよと呼ばれた。主夫失格。

寒いといっても降雪にやられているわけではない。この前わずか5cm積もっただけで関東は大騒ぎのニュースになったのに、首都圏以外の今日の状況はその比ではない。

寝るつもりではなかったから、携帯を枕元に置いていなかった。どこにやっていたかと思えば、外出時に着ていたブルゾンのポケットに入れっぱなしだった。不在着信、登録していない電話番号。

仲間や周りの人、知り合いに呼びかけてみると引き受けてくださった人達の顔を知らない。電話をいただいたので声は知っている。メールでのやり取りもいまひとつおぼつかない方もいる。私にとってはこうして出遭った人たちだ。自分がそう思うからと、他人がそう思ってくれるわけではない。気の合ったどうしでご飯を食べに行こうとか、買い物にいこうとか言う話ではない。他人に呼び掛けているはなしだ。そううまくはいかない。まして、組織を動員できるわけではない個人だ。手を挙げていただいた人たちのその勇気と善意を決して無にしないようにしたい。そのことを考える。

2012年2月1日水曜日

ちか1 ちか2


いとこのMちゃんから前の日に息子に電話があったらしい。彼女も出産はいずれも帝王切開だった。経験をというか心構えを話してくれたらしい。

昨夜帰ってきたらおめでとうってHちゃんからメールが入っていたのだけれども、娘のミカちゃんも生まれたときは2260gだったそうだ。

向こうのお父さんは私よりひとまわり上にして、初めての孫。娘夫婦が長く子宝に恵まれなかったころのこと。悪気はないのだけれども、どこそこの友人は孫がいてとか、ひ孫までできてとか、二人の前で話題にあげて奥さんから顰蹙を買っていたらしい。
それが、このたびはうれしかろう、しかも一度にふたりも。

母親名の1、2って病院では識別されている。あらぁ、ふたごちゃんがいるってほかの人から注目をあびる、よくある光景。長くつらかった妊娠期間を終えて「お母さん、1か月なにもしなくていいかな」って甘えたらしい。「何言っているの、あなたは子育てでしょっ」て実母は厳しい。「ちか2」は少し退院が遅れる。普通の子育ての練習がまずできる。

初めての子、初孫、さあ向こうの実家はそりゃ大変だ。やがて、うちも。
その前に今の「悲鳴」を片づけなければ…。やるだけはやったのだし、なんだか晴れたらいいね。


つれあいの編み物、急ピッチだ、、、

晴れたらいいね


月末を収支の締めにした。

息子がくれたハンチング帽に小さな手提げバック、二重に履いて暖かいけれど穴の開いた靴下、イタリア製の上等だけれどもよく似合わないブルゾン、それにサンダル姿で自転車に乗る。

そんな恰好で郵便局に行く、振替に入ったものを口座にいれる、通帳の記載を確認する。
いつも愛想よく春川さんが対応してくれるけど、ひとつひとつ書類を書かねばならない。

我が身が、締日の零細企業のくたびれたおやじのようだ。仕方ない。

今朝がたゴミだしに行ったときに、とうとういつも使っているママチャリのチェーンがはずれた。兆候はあったけれどもこんな時に限って。郵便局の途中に自転車屋さんはあるが、もう3時前だ。急がねばならず、曳いていくわけにはいかない。別のママチャリで往復する。

チェーンがはずれたぐらいだから自分ではめればいいと思ったが、やってみるととても手に負えない。今度はこわれたそのママチャリを曳いて、同じ道を自転車屋さんに向かう。途中まで来たらあとは緩い下り道だ、ブレーキをよく握って乗っていく。チェーンが伸びていますよとのこと、修理代は1,000円。お願いしたら、ものの5分で終わる。

家に帰り、都内へ行く準備をしてそのママチャリに乗って駅へ行く。やっぱり調子が悪い。乗り遅れたホームから遠くを仰げば、住宅の屋根の向こうに富士山の頭が見えるのに初めて気づいた。こんなところにビューポイントがあったんだ。

困憊して夜遅く帰り着く。こんな時間だ、飯を抜く。お腹はすいていない。喉が渇いた。
ご飯あるけれどもって言いにきてくれたつれあいにいらぬ心配をかけてしまった。布団も敷いてくれる。お腹はすかなくても、肩をすかせばいいものを、僕はなんでこう不器用なんだろう。いい歳して。だめになっていく。
明日はベルトにもうひとつ穴を空けよう、道具は何故か持っている。
いいかげんに願書をつくらなければもう期限がない。出来上がったらハローワークへ相談に行こう。クロスバイクに乗って。

晴れたらいいね♪ だ。