2010年2月7日日曜日

やんちゃもん


 年が明けると沖縄から始まって奄美、屋久種子、本土と「たんかん」の出荷が続く。甘みという意味では洒落ではなくて奄美あたりが適作地ではなかろうか。
 その奄美ではさとうきびの収穫が終わり、搾汁液から酢作りが始まる。砂浜を模した静置場の甕に仕込む。自然発酵法だ。シュワーと酢酸発酵が始まり1週間ほど続く。不思議な世界だ。3年間も静かに寝かせた後、出荷される。封建搾取の極貧のなかで命をつなぎ、命を存えた酢だ。
 日光も強すぎればストレスだ、そのストレスに立ち向かうように伸びてゆくサトウキビは生命のエネルギーを貯めこむのだと教わったことがある。
 今年の奄美のたんかんはおいしい。人間にはやんちゃな人がいる。周りからどう責められようとやりたいことをやる人がいる。そのやりたいことが本音において間違っているとは思えないが、人間のルールがこれを縛っている。

2010年2月6日土曜日

抱きしめる

北風に向かって進む。光は春だ。

生まれたとき、祖父母はとうにいなかった。
祖父だけが鴨居の額縁のなかにいた。
母方の祖父が逝った。
父が亡くなった。
いつか病室で寝ていた私の手を、仕事を終えてきた兄はぎゅっと握り締めた。 がんばれと。
母方の祖母とお別れをした。

出遭いがあって一緒になり、四人の子どもに恵まれた。
小さなこたつを囲んで六人で肩をたたき合った、ろくにん、ろくにん、と。
みなが出て行った。

たらちねの母を看取った。

やがて孫が生まれるだろう。
兄姉たちも孫がいて、それはおめでとうと言われた。

鎖のように命がつながっている。
いつの日か、私の鎖も朽ち果てる。

寝顔を覗く。
何かにそっと話しかける。
明け方の夜をぎゅっと抱きしめる。

2010年2月5日金曜日

歩け歩け


 昔、地元のワコールのことを「おんなのふんどし屋」と喝破した、もとは江戸っ子で口の悪い大物政治家がいた。

 若い息子夫婦から中年の私にとっては思いもかけぬものをもらうことがある。自分では買う機会もなければ、発想もない。

 ハーフタイツみたいなもの、「五街道」という万歩計と併せてプレゼントしてくれた。「クロスウォーカー」というワコール製を着用する。初めてはいた。「はいて歩けば、お腹ひきしまる」という謳い文句、なるほど。太ももと腰に負荷がかかるようだ、変な感じ。大袈裟に言えば「星飛雄馬の大リーガー養成ギブス」を連想する。太ももにクロス構造が組み込まれ、これが歩くたびに筋肉に適度なテンションを与え、歩幅が自然に広がるという解説だ。優れものが世に出ているものだ。今週からはき始め、確かに何かが違う。私はモノに頼り且つブランドに弱い。少ししっかり歩かねばいけない。よし!

2010年2月4日木曜日

痛さ


 あまりに寒いこと熱いことを故郷(くに)の言葉で“痛い”と表現する。早朝出勤すれば耳がちぎれそうだった。「痛い」そんなことを思い出した。口に指先を突っ込んで暖める。

 「痛みに耐えて」「痛みを分かち合い」に騙されて人々は「甘い汁」を吸われた。変えた政権が危険極まりない普天間基地の撤去、労働者派遣法の撤廃、後期高齢者医療制度の廃止にいつまでも手をつけない。「いのちを守る」施策はこのことをいつまでも「先送りにはできぬこと」のはずだ。
 『心をつなぐ左翼の言葉』(09年10月刊辻井喬さん、浅尾大輔さん)を読み終わる。
「日々の暮らしのなかで生きて働いている。生きて働いている人々の姿をほんとうの姿として描こうとする文学であるということが第一条件じゃなくちゃいけないと思うんです」「人間の肯定的な要素をどうやって描くことができるのか」(辻井喬さん)
「未来に目を放つ人」(浅尾大輔さん)、痛いほど素敵な言葉。

2010年2月3日水曜日

鬼は寝たか


 もう子どももいないのに外に向かって“鬼は外”ってやったらおかしいと思われるかしらなどと妻殿が言う。全然おかしくないよと返事する。では家長が窓を開けて言えと言うから、誰が家長だよと言う。今日はどの番組でもやっていたからつくりたくなったと言って妻殿が“恵方巻き”もどきをつくってくれた。あり合せの材料でよくできるものだ、西南西の方向を向いて願い事を無言でしながら食べるのよと教えられる。「おたるナイヤガラ生葡萄酒」を買ってきて飲む、ずいぶん香りもよくフルーティだ。それで酔ったみたいだ。一昨日雪が降ったせいか、今日本海側で激しく雪が降っているせいだろうか、やけに冷え込む。外では雪が舞う。ピラティスをやってティラミスも買ってきたのだけれどな…。酔って炬燵でお寝む寝む。さて、「布団に入ってさっさと寝ろとたたき起こすべき」か、やさしく起こして紅茶に誘うべきか。
 日程の打診をしていた姪っ子甥っ子たちから出席しますよと返信が来る。
 定年を迎える人の送別会をごく親しい人どうしでやることにした。その幹事を引き受け飲み屋さんを予約した。さて記念品を何にしよう。

2010年2月2日火曜日

奥久慈凍みこんにゃく


 で、どんな味かというと味はありません。食感でしょう。蜂の巣のような小さな孔がある繊維質で噛むと独特の食感を楽しむものかなと考えます。知らないで食べると、あれっ肉を食べたのかなと錯覚することもあります。いろいろな調理に使ってみることができるようです。
生産者の栗田さんの奥さんは甘い味付けの揚げ物(かき揚げ)で試食提供してくださいました。後日、企画の主催者さんは砂糖漬けのようなものをつくってまわしてくださいました(ちょっと文旦漬けに似た感じ)。
こんにゃくそのものには味がないので思わぬ使いみちがあるものです。
 伝統的素材として使用しているらしい山形の料理を食べてみたいとアンケートには記しました。
 乾物だから水で戻せば少しは増えるかと思っていたらそうではないね、と妻殿の感想。
 我家では早速、味噌汁の具、きゃべつとハムとのコールスローサラダの具、肉じゃがに加えた具、そして後日お煮しめにしてみました。形状も大小短冊にしたり、三角形にしたり、半分の大きさで使ったり、なにしろ食感が楽しめると思ったものですから、どういうのが好適かなと。
 それで、話は逸れるのですが「お煮しめ」の妻殿のつくるイメージと私のもっている、つまり母のつくっていたイメージと違うということがわかりました。ここにも西と東の違いがあったりもするのかなと考えたしだいです。
 とにもかくにも、ここまでしてつくってこういうものを食べていたんだねぇと感慨深いものを感じました。 
 食文化がすたれていくのは御先祖さまに申し訳ないなと思いながらインスタント麺を掻きこんでいる今日この頃です。

2010年2月1日月曜日

関東の初雪


連絡があって飲み会を急遽断って帰ってきた。帰宅する時にちょうどみぞれから雪混じりになった。続いて息子カップルが来訪したときには玄関の中まで雪を運んできた。ささやかな披露宴をする準備で大変だ、こちらの親戚のリストアップをする。夕食を一緒にする。昨日買い置きの国産牛肉があってよかった。牛丼。これが「凍みこんにゃく」。そう簡単には手に入らないものだよと能書きを垂れて、有難く食事を済ませる。我家は続けて二次会に突入する。「こんせん純生クリームロールケーキ」でお茶をした、我家は紅茶。よく見たら8時間の解凍時間が必要と書いてあったが、一括表示の「そのままお召し上がりください」を鵜呑みにしてほぼ凍ったままナイフを入れて食べてしまった。紛らわしい…、とか言いながら。送って行こうと玄関を開けたらナント積もっているではないか。なんのこれしき、降ったばかりだからと車で送って行ったが、さすがにハンドルをとられる。帰りはセカンドにしてそろりそろりと帰ってきた。明朝の足元がおっかないと思われる。