もちろん母親のいろいろなときのさまざまな表情は私の頭の中にいくつもあって、生きている。
人間、いつ死ぬかわからない。年齢的には現実性を帯びてきた、もう何十年も生きるわけではない。かといって覚悟はないのだけれども、「縁起でもない」では備えにならない。先日、旅先で知らないうちに撮ってもらった写真をいただいた。自分が他人様からどうとらえられているのかわからないけれど、ちょっと気にいったので、連絡をして画像データをわざわざ送ってもらった。撮られ撮ったどうしの人柄がでるものだ。そんな考えがあって、もしものことがあったときに使ってもらうために、パソコンのライブリーピクチャに「遺影」というフォルダーをつくって格納した。
もちろん健やかに生きることができて、更新できることを願ってはいるのだけど。
笑っている写真がいいな。
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